神頼みはテンプレート「フライト」


「自分の依存症を認めないアル中・シャブ中の凄腕パイロットが、事故をきっかけに飛行機同様ドン底に墜ち、その結果、依存を受容して自助グループで悟りを開きましたよ。」という、アル中回復過程のテンプレートのような映画。
アル中というと、有名な映画に「失われた終末」がある。あちらはアル中の酒にまつわるエピソードをテルミンのピヨンピヨンで不安定な音楽ととにもスリリングに描いた作品だ。
しかし「失われた終末」では、依存症の受容過程が甘いんじゃないかと指摘されることが多い。ざっくり言うと、自分を見捨てた恋人が「もう一度やり直しましょう」みたいな愛の手をさしのべてもらい、主人公が「うん、これから俺頑張る」という流れ。でも、これ「共依存」のドツボの始まりじゃん!て感じなんですね。あの「終わり」は、依存症回復過程的には全然何も始まってもいないんですよ。愛で精神病は治りません。
で、フライト。
こっちは、音楽(悪魔を哀れむ歌とか)や人物名(ウィップ)、ほとんどお笑いのようなドラッグの扱い、最後の神頼み的な展開は「宗教臭い」という感想を引き出しがち。
しかし、あらゆる依存症からの回復は「神頼み」なのが実際なのだ。
ケリー・ライリーがデンゼルとAlcoholics Anonymous(アルコール依存症自助グループ、以下AA) に行く場面では、会場に自助グループではお馴染みの12stepが掲示されています。日本語に訳すとこういうもの。

  1. 私達は薬物依存症者に対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた。
  2. 私達は自分より偉大な力が、私達を正気に戻してくれると信じるようになった。
  3. 私達の意志と生命の方向を変え、自分で理解している神、ハイヤーパワーの配慮にゆだねる決心をした。
  4. 探し求め、恐れることなく、生きてきたことの棚卸表を作った。
  5. 神に対し、自分自身に対し、もう一人の人間に対し、自分の誤りの正確な本質を認めた。
  6. これらの性格上の欠点をすべて取り除くことを、神にゆだねる心の準備が完全にできた。
  7. 自分の短所を変えて下さい、と謙虚に神に求めた。
  8. われわれが傷つけたすべての人の表を作り、そのすべての人たちに埋め合わせをする気持ちになった。
  9. その人たち、または他の人びとを傷つけないかぎり、機会あるたびに直接埋め合わせをした。
  10. 自分の生き方の棚卸を実行し続け、誤った時は直ちに認めた。
  11. 自分で理解している神との意識的触れ合いを深めるために、神の意志を知り、それだけを行っていく力を祈りと黙想によって求めた。
  12. これらのステップを経た結果、霊的に目覚め、この話を他の人達に伝え、またあらゆることに、この原理を実践する様に努力した。

これ、気持ち悪いと思う人いるでしょ。でもこれ、実践している人、たくさんいるんですねえ。嘘だと思うなら依存症でなくても参加できるAAミーティングに行ってみるといい。スピリチュアルな感覚は依存症回復には必須なので「宗教臭く」なるのは当たり前なのだ。

この映画ではデンゼルが12のステップを実践している過程は描かれない。まだその途中であることが解るシーケンスで終了している。というわけで「フライト」は、この12ステップに至る前準備「自分は依存症で自分ではどうしようも無い」という状態を受容する過程がダラダラと描かれているのみ。
「失われた終末」と違うとは、依存症回復過程で必須項目である「神」あるいは「ハイヤーパワー」の存在を認めさせようとするところ。これはちょっと偉い。いままで無かったと思う。それからケリー・ライリーがちゃんとデンゼルを見捨てるのもよかった。あれは一度でも自助グループに関わった人間であれば確実に見捨てるハズなので。たぶん、AA界隈では今後引き合いに出される作品なんじゃないかなぁ。

ところで、12ステップを読んだ後では、デンゼルが最後にかけられた言葉に対して、どのような回答をしたのか想像かつくんじゃないかな?


あ、そうそう。僕の感想はというと「12ステップのかったるい伝導映画」です。

映画に出てくるAA絡みの小道具については、ウチの嫁さんの感想に色々書いてあります。参考にどうぞ。
「フライト」観ました。|けろみんのブログ